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千葉地方裁判所佐倉支部 昭和47年(モ)88号 判決 1972年11月24日

債権者 株式会社 船橋カントリー倶楽部

債務者 有限会社 レストラントツプ

主文

債権者と債務者間の当庁昭和四七年(ヨ)第四〇号立入禁止仮処分申請事件について当裁判所が昭和四七年一一月二日なした仮処分決定を認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

(申請の趣旨)

主文と同旨の判決を求める。

(申請の趣旨に対する答弁)

「主文第一項記載の仮処分決定(以下本件仮処分決定という)を取消す。債権者の仮処分申請を却下する。訴訟費用は債権者の負担とする」との判決を求める。

(申請の理由)

1  債権者はゴルフ場経営を目的とする会社で、債務者との間に期間を昭和四二年九月一日から一年間と定めて債権者所有の別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)のうち本食堂、スナツク、運転手控室(別紙第一図面の運転士食堂、食品倉庫、洗場、リフト、別紙第二図面の大食堂、調理室、倉庫イ、同ロ、従食と表示された部分、以下これらの図面を第一図面、第二図面という)を使用しての食堂経営を委託する契約を締結した。

2  その契約は期間満了二か月前に予告して更新することになつており、毎年更新されて昭和四七年六月末日が更新の意思を表示する最終期限であつた。

3  ところで、債権者の施設の利用者が組織している任意団体の船橋カントリークラブ(以下クラブという)の会員は食堂の運営について以前から多くの苦情を持ち、特に「食事がまずい。値段が高い。非衛生的である。従業員の態度が悪い」などの点を理由に債権者に食堂の改善方を申入れていた。債権者においても債務者との食堂委託契約を更新すべきでないとの意見が強かつたが、債務者が食堂経営、調理方法などに関する問題点の改善に努力するというので、債権者と債務者は昭和四七年六月二九日約定の期間満了二か月前の予告期限である同月三〇日を一か月遅らせて同年七月三一日までとし、その間の改善の成果を見て契約更新予告の意思表示をすべきか否かを決めることとするとの合意をした。

4  債権者は同年七月中における債務者の食堂経営の改善振りを見ていたが、改善の跡が見られなかつたので、同月三〇日債務者に対し「食堂委託契約は更新せず、同年八月三一日をもつて打切り、打切り後は直ちに自営に切換える」旨申入れたところ、債務者はこれを了承した。

5  したがつて、債権者債務者間の食堂経営委託契約は同年八月三一日の経過により終了した。債務者は本件建物内に製氷機とスライサーその他の物件を所有していたが、任意にこれを搬出しなかつたので、債権者は約定によりこれを本件建物外に搬出し、本件建物の占有を完全に回収した。

6  それなのに、債務者は食堂経営委託契約の終了を争い、本件建物の一部を占拠して債権者の使用を妨害し、債権者の食堂自営のための厨房設備改修工事を妨害しようとしている。そこで、債権者は同年一一月一一日当裁判所に債務者を被告として本件建物につき占有権不存在確認の反訴を提起したが、本案の確定をまつては債権者の権利が保護されないので、同月二日当裁判所に立入禁止仮処分申請(当庁同年(ヨ)第四〇号事件)をなし、「債務者は本件建物に立入つてはならない」との本件仮処分決定を得た。よつて、申請の趣旨記載の判決を求める。

(申請の理由に対する答弁)

1と2の事実は争う。3ないし5の事実は否認する。6のうち債権者がその主張の日その主張の仮処分申請をして本件仮処分決定を得た事実は認めるが、債務者が債権者主張の妨害をし、または妨害をしようとしている事実は否認する。

(債務者の主張)

1  債務者は昭和四七年八月二五日債権者を相手方とする当庁同年(ヨ)第二五号仮処分申請事件において「債権者(株式会社船橋カントリー倶楽部を指す。以下同じ)は本件建物のうち第一図面、第二図面の各赤斜線部分(以下これを合わせて本件建物部分という)に対する債務者(有限会社レストラントツプを指す。以下同じ)の占有を妨害してはならない。債権者は右建物部分内の什器備品を搬出したり、水道電気ガスの供給を妨げる等債務者の右建物部分内の施設の使用を妨害する一切の行為をしてはならない」との仮処分決定(以下前仮処分決定という)を得た。ところが、同年一一月一日当庁同年(モ)第七五号仮処分異議事件により「債務者と債権者間の前仮処分決定はこれを取消す。債務者の仮処分申請を却下する。訴訟費用は債務者の負担とする。この判決の第一項は仮に執行することができる」との判決(以下前判決という)が言渡された。そこで、債務者は同月二日東京高等裁判所へ控訴(同庁同年(ネ)第二六二二号事件)を提起すると同時に強制執行停止の申立(同庁同年(ウ)第八八一号事件)をなし、「右当事者間の千葉地方裁判所佐倉支部同年(モ)第七五号仮処分異議事件について同裁判所が同年一一月一日言渡した仮執行の宣言を付した判決に基づく強制執行は申立人において保証として金八〇万円もしくはこれに相当する有価証券を供託したときは本案控訴事件の判決あるまでこれを停止する」との強制執行停止決定(以下本件執行停止決定という)を得た。

2  債務者は同月二日直ちに保証金八〇万円を供託し、当裁判所へ本件執行停止決定を電話で連絡すると共に同日午後六時ころ供託書を納付し、供託証明を受け、その決定正本の写しを提出した。

3  また、本件執行停止決定正本は同月九日までに債権者に送達された。

4  本件執行停止決定は2の同月二日午後六時にその効力が発生した。仮にそうでないとしても3の同月九日にはその効力が発生した。

5  債権者は同月二日本件仮処分決定を得たが、本件仮処分決定は本件執行停止決定により「執行が停止された」(主張のまま)前仮処分決定とは明らかに矛盾、牴触する。よつて、申請の趣旨に対する答弁記載の判決を求める。

(債務者の主張に対する答弁)

1の事実は認める。2の事実は知らない。3の事実は認める。4と5の主張は争う。

(債権者の主張)

1  前判決は昭和四七年一一月一日言渡され、その判決正本は同日債務者に送達された。前判決は仮処分決定取消の仮執行宣言付判決で、性質上形成裁判であるから、その言渡と同時に効力を生じ、前仮処分決定は失効してあたかも仮処分決定が発せられなかつた以前の状態に復したものというべきであるから、前判決に対して控訴がなされても民事訴訟法五一二条により仮処分決定の効力を復活させることはできない。それだけでなく、右規定による強制執行の停止決定は一時的な仮の処分で、停止せられるべき本来の執行行為(いわゆる狭義の執行行為)が可能であることを前提としているのであつて、前判決は何らの執行手続を要することなく言渡により直ちに仮処分決定を失効させる効果を生ずるのであるから、右規定を適用すべき余地はない。また、このことは口頭弁論による審理の結果誤つていることが明らかとなつた仮処分決定を速やかに失効させ、相手方を速やかに救済するという仮処分異議申立制度の趣旨および当初から口頭弁論による審理がなされ、仮処分申請却下の判決がなされた場合との権衡上からも首肯される。したがつて、右規定を適用してなされた本件執行停止決定は違法であり、法律上その効力を有しない。

2  仮に同法五一二条が準用されるとしても、占有妨害禁止等単純な不作為を命ずる仮処分においては仮執行宣言付判決言渡と同時に仮処分決定取消の効力が生ずるとみるべきであるから、執行停止の余地はなく、本件執行停止決定は違法で、法律上その効力を生じない。

3  債権者は同年一一月一日前判決の言渡を受け、直ちに債務者に対して本件建物部分に残留されている債務者所有の物件を本件建物外に搬出してこれを明渡すよう催告し、任意に搬出しないときは約定により債権者が債務者の費用でこれを本件建物外に搬出して保管する旨告知したが、債務者が任意に搬出しなかつたので、債権者は同日午後一〇時ころから翌二日午前二時三〇分ころまでの間に本件建物部分内に存した債務者所有の製氷機、スライサーその他の物件一切を本件建物外に搬出し、本件建物部分に対する占有を完全に回収した。債権者は同月九日本件執行停止決定正本の送達を受けた。そこで、仮に本件執行停止決定により同月九日(または同月二日)以降前仮処分決定の効力が復活したとしても、債権者が同月二日午前二時三〇分ころまでの間に本件建物部分の占有を回収し、債務者はその日時以降本件建物部分を占有していないのであるから、妨害禁止の対象となる債務者の占有が存在せず、復活した前仮処分決定は債権者に対して事実上何ら効力を及ぼさない。したがつて、本件仮処分決定は前仮処分決定と矛盾、牴触しない。

(疎明)<省略>

理由

原本の存在と成立について争いのない甲第一ないし第五号証、成立に争いのない同第七、第八、第一六号証、証人中島忍の証言により成立を認める同第六、第九、第一四ないし第一七、第二一、第二二号証と同証人の証言を総合すると次の事実を一応認めることができる。すなわち、債権者はゴルフ場の経営を目的とする会社で(これは資格証明書の商業登記簿謄本による)、債務者との間に「債権者はその所有の本件建物における食堂(本食堂、スナツクバーおよび運転手食堂)経営の一切を債務者に委託する。債権者は債務者に対し本件建物部分のうちの債権者主張部分(申請の理由1記載のもの、甲第六号証の赤斜線部分)の固定的設備および什器備品を無償貸与する。契約期間は調印より向う一か年間とする。但し期間満了二か月前に予告し、その都度契約を更新する。契約が解除されたときは債務者は直ちにその所有の物品を食堂外に搬出し、かつ貸与を受けた物件を債権者に返還するものとする。これに違反したときは債権者が自ら債務者所有の物品を食堂外に搬出して別途保管することに異議を述べない」などと約定して食堂経営委託契約を結び、その食堂経営委託が賃貸借契約でないことを確認していた。その委託契約は昭和四三年九月一日、昭和四四年九月一日、昭和四五年九月一日、昭和四六年九月一日にそれぞれ更新された。クラブの会員が債務者の食堂経営について不満を持つていたことなどから、債権者は昭和四七年六月三〇日までに債務者に契約を更新しない旨を予告しようとしたが、同年六月二九日債務者と協議をしてその予告期限を同年七月三一日まで一か月間遅らせることを合意し、その間に債務者が食堂経営、調理方法などに関する問題点の改善に努力することを期待した。債権者は同年七月中における債務者の改善策に満足しなかつたので、同月三〇日債務者に対し「債権者の期待に副うのは無理であり、自営食堂に切換えざるを得ない」旨申入れ、債務者は債権者が食堂を自営することに賛意を表し、これを了承した。これによつて両者の食堂経営委託契約は同年八月三一日限り終了した。そこで、債権者は同年一一月一日午後二時一五分ころ債務者に対しその所有の物品を食堂外に搬出するよう催告したが、債務者がこれを任意に搬出しなかつたので、債権者は翌二日午前二時三〇分ころまでの間に本件建物部分から債務者所有の物品を全部搬出し、これを倉庫内に別途保管した。債務者は食堂経営委託契約が存続すると主張してそののちも本件建物部分に立入つたりしたが、なおも本件建物に立入ろうとしている。

債権者が同月二日債務者を相手方として当裁判所に「債務者は本件建物に立入つてはならない」との裁判を求める仮処分申請(当庁同年(ヨ)第四〇号事件)をした事実は記録上明らかであり、当裁判所が同日これを認容して同趣旨の本件仮処分決定をした事実は当事者間に争いがなく、債権者が同月一一日債務者を被告として当裁判所に本件建物占有権不存在確認の反訴(当庁同年(ワ)第五四号事件)を提起した事実は当裁判所に顕著な事実である。

また、債務者が債権者を相手方とする当庁同年(ヨ)第二五号仮処分申請事件において同年八月二五日「債権者は本件建物部分に対する債務者の占有を妨害してはならない。債権者は右建物部分内の什器備品を搬出したり、水道電気ガスの供給を妨げる等債務者の右建物部分内の施設の使用を妨害する一切の行為をしてはならない」との前仮処分決定を得た事実、これに対する債権者の異議申立による当庁同年(モ)第七五号仮処分異議事件において同年一一月一日「前仮処分決定はこれを取消す。債務者の仮処分申請を却下する。訴訟費用は債務者の負担とする。この判決の第一項は仮に執行することができる」との前判決が言渡された事実、債務者が同月二日これに対して東京高等裁判所に控訴を提起すると同時に強制執行停止の申立をなし、同日「前判決に基づく強制執行は申立人において保証として金八〇万円もしくはこれに相当する有価証券を供託したときは、本案控訴事件の判決のあるまでこれを停止する」との本件執行停止決定を得た事実は当事者間に争いがなく、原本の存在と成立に争いのない乙第四号証によると債務者は同日その保証金八〇万円を東京法務局同年巡金第五〇二八号をもつて供託し、同日その供託書を当裁判所に納付した事実を認めることができる。

ところで、本件仮処分決定による本件建物立入禁止仮処分の内容はその文言において前仮処分決定による本件建物部分占有妨害禁止仮処分の内容と牴触することが明らかであるので、両者の効力について判断する。まず、前判決主文第一項の前仮処分決定を取消す旨の裁判はいわゆる形成裁判であり、これに仮執行宣言が付されたので、その前仮処分決定取消の判決は一一月一日午前一〇時に言渡されたこと(これは当裁判所に顕著な事実である)により即時に効力が生じたといえる。前仮処分決定は不作為を命ずる仮処分であつて、それはその仮処分決定正本が債権者に送達されたことによりすでにその内容に従つた効力が発生し、執行がなされたとみることができるのであるが、債権者がその執行処分の取消を求めるために民訴法五五〇条一号、五五一条によつて前判決正本を執行機関に提出するという手続をとる必要はない。そのような状態の下で債権者は同月二日本件仮処分を申請し、当裁判所がこれを認容して、本件仮処分決定正本が同日午後六時三三分債務者に送達された(これは記録上明らかである)。不作為を命ずる仮処分については仮執行宣言付仮処分取消判決に対して控訴を提起し、民訴法五一二条によつて仮執行の停止を求めることができるかどうかが問題となるが、ここでは次の点を指摘するに止め、本件執行停止決定が発せられていることを前提として判断を進める。すなわち、控訴人たる債務者が前判決の仮執行の停止を求めるのはすでになした前仮処分の執行を維持しようとするためであるから、その仮執行停止の申立を認容するとしてもその期限は仮処分異議事件の控訴審における判決言渡の時点までとするのが相当であろう。ところが、東京高等裁判所第二民事部がなした(乙第三号証)本件執行停止決定は「本案控訴事件の判決のあるまでこれを停止する」としている。しかし、前仮処分決定事件の本案訴訟は当庁昭和四七年(ワ)第四四号委託契約存続確認等請求事件として当裁判所に係属しているが、これは同年一〇月二三日に第一回口頭弁論期日が開かれただけで、双方の主張立証がまだ十分に尽されていない状態にあることが当裁判所に顕著な事実であつて、これは控訴審に係属するかどうかさえもまだ予測できない段階にある。この点において本件執行停止決定はその内容が不確定であつて違法であるといえないこともないし、少なくともこの決定をした前記裁判所が仮執行の停止を認容するについて十分な検討を加えなかつたのではないかと推認することができる。次に、本件執行停止決定は申立人において保証金八〇万円を供託することを条件とし、債務者は一一月二日この保証金を供託してその供託書を納付したのであるが、これだけではその執行停止決定に付された条件が成就したことを意味するにすぎず、これによつてその決定の効力が生じたとみることはできない。なお、債務者の供託証明申請が当裁判所に提出されたのは同日午後六時三〇分であることが当裁判所に顕著な事実である。「決定」は相当な方法で告知されることによつてその効力を生ずるのであつて、本件執行停止決定も例外でなく、債権者に告知されてはじめてその効力が生ずるとみるのが相当である。弁論の全趣旨によると本件執行停止決定正本が一一月九日債権者に送達された事実を推認することができるが、この告知によつて本件執行停止決定の効力が生じたかどうかが問題であり、当裁判所は次の理由によつてその効力が生じないものと考える。すなわち、前仮処分決定は一一月一日前判決の言渡によつて取消され、同時に執行力を失つた。そして、本件仮処分決定が同月二日債務者に送達されてその執行がなされた。その段階においては仮処分の牴触が生じていない。ところが、本件執行停止決定によつて仮執行宣言の効力がなくなると前仮処分決定の執行が従前どおり存続することになるといわれている。しかし、その執行停止決定の効力は債権者に対する告知によつて生ずるというべきであり、しかも、既往に遡つてその効力が生ずるとみるのは相当でないから、前仮処分決定による執行は本件執行停止決定の効力発生時からその効力を復活して存続することになるというように考えられる。そのように前仮処分の執行が復活すれば仮処分の牴触が生ずることとなる。そこで、このような仮処分の牴触を許容すべきではないから、本件仮処分決定による仮処分がすでに執行されていることにより、これと牴触する前仮処分決定による執行は本件執行停止決定の告知によつてその効力を復活しないとみるのが相当であり、結局本件執行停止決定の効力の発生が妨げられているというべきである。そうすると、本件仮処分決定の内容は前仮処分決定の内容と牴触しないこととなる。

したがつて、債権者の仮処分申請は理由があり、債権者に二〇〇万円の保証を立てさせてこれを認容した本件仮処分決定は相当であるからこれを認可し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤一隆)

別紙 物件目録<省略>

第一図面<省略>

第二図面<省略>

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